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課題に追われて、毎日PCに向かってはいますが、なかなかブログを更新できません。

先日県民フォーラムに参加してきました。
兵庫県は阪神・淡路大震災を経験していて、防災意識のとても高い県です。
県の防災計画に組み込まれている、「災害時活動や避難に船を活用する構想について」
がテーマでした。
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日本は過去の様々な災害を教訓に、災害対策に関する法律が作られています。
1959年の伊勢湾台風を機にたてられたのが災害対策基本法。
防災に関する責任の所在を明確にしたものです。
国と地方自治体で、防災計画の作成や防災に関する財政金融措置など必要な体制を整備することが
明記されています。
国家レベルの中央防災会議を経て作成された防災計画に則り、各自治体で計画を立案するのです。


阪神・淡路大地震で、陸の交通が麻痺してしまったため、民間船を援者の滞在拠点や
避難所として活用し、海からのアプローチを行ったそうです。
欧米諸国では国家予算を費やして、医療活動を行える船を準備している国もあります。
アメリカは、1000床規模で手術も並列でできる設備を持った船を2隻も保有しているとか。
でも、維持費も含めてコストパフォーマンスを考えると、日本の保有は現実的ではありません。
アメリカは、国際救援活動などで活用しているそうですが、維持費だけでも年間何十億…

そこで兵庫は、民間の会社の船を災害時に活用できるような体制を整えようとしています。
実は東日本大震災でも避難用にと準備したそうですが、津波を経験した被災者の方々の
恐怖心など精神面への影響から、避難・福祉船としては活用できなかったとのこと。
また、大型船になると港内での停泊が困難なことも。
ダイバーが潜って海底の状態を確認する必要もあるし、問題は多いようです。

ただ四方を海に囲まれている日本で、海からのアプローチは可能であると思うし、
広範囲に壊滅的な被害を受けた地域で活動する際、救援者の拠点を確保するのが困難
なことも事実です。
そのような活動を行う人の生活拠点として、また医療提供の拠点としての活用を視野に
シンポジウムで討議されました。
災害時を想定して、ストレッチャーの搬入や診療ができるよう、また福祉避難所としての
機能も持てるように船内の設計を考える必要があること、
船を使用する時の責任機関が不明瞭であること、財政面などの課題も見つかりました。
主に医師会が中心になって進めている構想ですが、国の防災計画への記載がないため、
船の活用について追記をしてほしいとの意見もありました。

アメリカみたいに専用の船をもつことは不可能だけど、船の良い機能を十分活用できれば
すばらしい構想だなと思いました。
ただ医師会の権限が強すぎて…もうちょっと連携ができればいいのになと。
さんざん講義で専門職間連携の重要性を考えさせられている自分としては、看護職の得意な
連携・調整の役割をもっと発揮できるようがんばんなきゃなと思わされました。
この福祉船構想に看護としてはどう関われるのか、というところをもう少し考えてみたいです。
せっかくの機会なので。

グローバルリーダーとは。。。というところに毎回舞い戻りますね。

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2014.04.14 災害の定義
日本看護協会

自然災害や人災と呼ばれる、不測の時に多くの人々の生命や健康が著しく脅かされる状況であり

地震や火災などによる一次的な被害だけでなく、二次的な生命・健康への脅威を含む



災害対策基本法二条第1号

災害とは「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象

又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度において、これらに類する

政令で定める原因により生ずる被害をいう」



WHO -Gunn博士(1911)−

人と環境との生態学的な関係における広範な破壊の結果、被災社会がそれと対応するのに

非常な努力を要し、被災地域以外からの援助を必要とするほどの規模で生じた

深刻かつ急激な出来事





一番重要なこと 災害と自然現象は違うということ。

『社会基盤(インフラストラクチャー)に影響を与えるかどうか』

『人の生命や健康、生活そのものを脅かすかどうか』

『通常の生活が行えず、周囲(関係機関)の支援が必要かどうか』

災害の定義は定まってはいないが、これらを念頭に置いて考えることが重要。



2014.04.06 DNGL1期生
Disaster Nursing Global Leader Degree Program

略してDNGL(ディングル)と呼ばれる課程。

詳細はHPをご覧いただければと思います。
災害看護グローバルリーダー養成プログラム

国内外の優秀な学生を集め、高度実践専門家の育成がコンセプト。

国公私立という母体の異なる大学が共同で設立した博士課程は日本初ということで注目を浴びています。
(ということをさほど意識していなかったので、開講式の壮大さに驚きました)
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代表校のある高知で開講式は開催され、その後合同オリエンテーションが行われました。

この課程が始動するまで、本当に尽力されたのであろう教職員や関係省庁の職員の皆様の言葉が

我々1期生の胸に響き、責任感すら芽生えました。

この課程の完成に向け、様々な課題は山積みですが、同期11名と各大学の教職員とともに

努力していきたいと思います。
2014.04.01 新しい道に
最近はFacebookの利用が増えてしまい
(といっても、投稿もほとんどしなかったのですが…)
ブログの記事を書くのを半年以上さぼっていました。

実は、修士1年目の夏に進路変更をして受験をし直し、大学院を変更しました。

日本初の共同大学院、また看護領域で初の5年一貫の博士課程に行く事になりました。

紆余曲折…かなり悩んでもめて退学を決断しました。

新しい大学院も倍率も決して低くはありませんでしたが、

やはり自分の気持ちが固まったことで自信になって入試をクリアすることができたのだと思います。


合格をいただき、入学まではまた地元の病院から声がかかって3ヶ月ほどバイトをしておりました。

たくさんのことを考え、悩み、不安を抱き、希望を抱き、

毎日毎日、将来像や気持ちがコロコロ変化しながら、少しずつ明瞭になってきたところです。


今思うのは、やはり決断してよかったということ。

そして、たくさんの人に見守られながら無事新しい道に進めることに幸せを感じるし、

スピリチュアルな意味でも、特別な力に守られているような導かれているように思います。


支えてくださっているすべての人に感謝。


今後、広報的な意味合いでも大学院生活について投稿を再開したいと思いますので

よろしくお願いします。




平成26年3月31日 


お久しぶりです、オゾダです。

プレゼンやレポートに終われ、ブログ更新が滞っておりました。

それでも1日数名の方が覗きに来てくださっていて、

いったいどういう経緯で迷いこまれた方なのか…と思っていましたが、

実は更新を待っていてくれている人がいるということを知り、

感謝の気持ちが芽生えるとともに、テーマだけは常に考えて

頭の中で

更新しておりました


さて、レポートが片付きましたので、6月上旬に学部の実習の付き添いで行った

ハンセン氏病療養所について(資料は作ったがプレゼンできなかったスライドで)

ご紹介させていただきます。

ハンセン1

ハンセン2

ハンセン3

ハンセン4

ハンセン5

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ハンセン氏病については過去の病気だと勝手に思っていましたが、

菌こそはもっていないものの、後遺症で苦しむ方がまだ残っていたこと、

海外ではまだまだ発症することが多い感染症であることを知り驚きました。


日本の療養所は、かつては隔離所としての機能を持っていましたが、

今は療養者が高齢化し(新規の感染症発症がないため)、法律が変わっても

戻る場所もないという方が多く、障害とともに穏やかに生活をする方を

医療・福祉の両面で支える施設でありました。


隔離政策が終わったのは、平成8年と、本当に最近のこと。

日本が、差別を法律で認めて強制していたという事実を改めて認識し、

このような機会がなければ、療養所の現状すら知らなかったなと…


9月にはタイでセンターを立ち上げ、セルフケアの指導をウン十年している

日本の看護師さんの仕事を見る実習があり、その事前学習のひとつでした。

タイ実習の渡航費がないので私は行きませんが、学部4年生の学生が3人、

統合実習国際看護学領域で学びを深めています。

報告会がとても楽しみです

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